AI時代の学力観③ 言語と思考:外国語学習と多様性の理解

2023年5月21日 Vol.969

つばめ学院は埼玉県和光市にある「生徒を元気にする塾」です。

前回までに引き続き、今回もAI時代の学力観について書きます。
今回のテーマは「外国語の学習」です。

外国語学習は不要か?

AIが外国語を翻訳する時代でも、外国語を学ぶ意味があるのでしょうか。
iPodsを耳にはめ、お互いの会話を瞬時にAIが同時通訳する社会において、外国語の学習は不要になるのでしょうか。
外国語を「会話するための道具」と考えると、外国語学習の理由が減るかもしれません。
しかし、AIの翻訳に頼るだけでは言語や文化を深く理解することは難しいです。
外国語を学ぶ理由は会話だけではありません。我々は外国語を学ぶことで、異文化を理解し、広い視野を持つことができます。ここに外国語学習の大きな意義があるはずです。

人間は「言語で思考する」という考え方をご存知でしょうか。
日本人は日本語で、アメリカ人は英語で、中国人は中国語で思考します。つまり、外国語を学ぶことは「外国人の思考」を学ぶことになります。
外国語を学ぶことで、異なる文化や価値観を理解し、広い視野を持つことができます。
外国語学習は、自身の考え方を広げ、多様な視点を持つための貴重な機会なのです。

「恩」は英語に翻訳できなかった

ここでルース・ベネディクトの「菊と刀」の一節を引用してご紹介します。
著者はこの本の中で、「日本人の思考」をアメリカをはじとする西欧諸国の人々に説明をしようとしています。
しかしながら、日本語の「恩」を完全に英訳することは不可能であると述べます。

中国語にも日本語にも’obligation’(義務)を意味するさまざまな言葉がある。これらの言葉は完全な同義語ではなく、それぞれの語がもっている特殊な意味はとうてい文字通り英語に翻訳できない。なぜなら、それらの語の表現している観念はわれわれには未知のものだからである。大から小にいたるまで、ある人の負っている債務のすべてを言い表す’obligation’にあたる言葉は”オン”(恩)である。日本語の慣用ではこの言葉は’obligation’’loyalty’(忠誠)から’kindness’(親切)や’love’(愛)にいたる、種々さまざまの言葉に英訳されるが、これらの言葉はいずれももとの言葉の意味をゆがめている。

菊と刀

外国語学習が育む「謙虚さ」

言葉を学ぶことは、その言葉を話す人々の世界を知ることです。
外国語を学ぶと、その言語に独特の言葉に出会います。
自分の言葉には存在しない言葉を知ることで、世界中の言語には様々な表現があることを実感します。
日本語では表現できない言葉や世界があることを知ることで、人はきっと謙虚になることができるはずです。
この謙虚さを持って、真の「国際社会」を見ることが重要なのではないでしょうか。
自分たちの常識だけで外国を評価することは避けるべきです。
外国語学習を通じて獲得すべきものは、流暢な意思伝達技術ではなく、意思疎通の困難さのもとに存在する「違い」なのではないでしょうか。
外国語の学習は、その教えを私たちに与えてくれます。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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